私好みの新刊 2017年12月
『ぼの村がゾウに襲われるわけ』 岩井雪乃/文 合同出版
アフリカなどの大草原では「動物保護区」や「国立公園」にして、野生動物
の保護が行われている。しかし,その実態は,現地の住民を苦しめ,時には住
民の命を奪い,しかもけっして野生動物保護につながっていないというショッ
キングな報告である。
初めに,著者が院生だった時に訪れたタンザニア「動物保護区」での実態が
報告されている。居住地が動物保護区に指定されるとその地に暮らしていた
人は強制的に動物保護区外に移住させられる。しかしその地はゾウに襲われ
農作物も奪われ,時には命も奪われる。それでも,村人には手向かうすべが
ない。自然保護区になって国は外貨獲得のためにサファリのように観光事業
に乗り出す。利益を得ているのは観光業者と一部の政府役人とか。保護区に
なると象牙の搾取をたくらんで密猟がはびこる。その密猟を手引きする役人
は利益を得るが,しかたなく密猟業者の道案内をしたという住民は処刑され
るという理不尽なことも起きている。「自然保護」や「猟銃保護」あるいは
「自然公園」設置といえば,自然保護として適策と思われがちだが実際には
さまざまな矛盾をはらんでいる。多くの自然保護思想は白人側から見た都合
の良い論理であることに気づかされる。著者は,その前提としてアメリカ大
陸やオーストラリア大陸の原住民を追い払った歴史にも言及している。アメ
リカ大陸の発見はインディアンたちの虐殺と強制移住の歴史だった。オース
トラリアもしかり。第2次大戦後は,先住民の土地返還や人権を認め始めて
いるとのことだが根は深い。この本は「動物保護区」や「国立公園」策定の
背景にあるさまざまな問題点を浮かび上がらせている。この問題は,日本で
の野生動物と人間との共存問題にもつながる。読みやすい文体で綴られてい
る。動物好きの子どもにも読んでほしい一冊である。
2017年7月 1,400円
『ひらけ蘭学のとびら』 鳴海風/著 岩崎書店
時は江戸時代中期,ヨーロッパの文化は細々とオランダの特使を通してのみ
日本に伝来していた。当時,中国伝来の医学書に疑問をいだいていた藩医たち
がオランダの医学書を猛勉強し『解体新書』を翻訳した。本書はその中の一人
若狭藩医だった杉田玄白に焦点を当てて『解体新書』翻訳までのドラマを生き
生きと描いている。
物語は杉田玄白の幼少時代から始まる。杉田玄白は若狭の国小浜藩の藩医、
杉田甫仙(ほせん)の三人目の子どもとして生まれた。しかし,弟の四郎や長
男や義母も病で亡くした。「どうして医者の父がおりながらみんなの命を救え
なかったのか」と,玄白は疑問を持つ。身近な人が次々と病に倒れる姿を目の
当たりに見て育った玄白の心に,やがて〈人の命を救える医者になりたい〉と
思う気持ちが高ぶる。多くの医学書(漢方医学)も読み続けた。
玄白は「名医の父でも直せなかった病を治したい」とますます心に誓う。や
がて玄白の決意を知った父甫仙は,祖父が南蛮風の外科術を身につけていた西
玄甫から医術を学んでいたことを打ち明ける。玄白はオランダ風外科医の門を
たたいた。中国の医学書にある「五臓六腑」説や解剖書『蔵志』という本は,
どれもオランダの医学書とはずいぶんと違うことを知る。日本橋に引っ越した
玄白は,やがて長崎によく出入りしていた平賀源内(高松藩)などにオランダ
語を学んだ。そして,幕府の外科医桂川甫周,中津藩医の前野良沢などともに
「ターヘルアナトミア」(『解体新書』)翻訳に奔走する。その悪戦苦闘のよ
うすが後半1/3を割いてドラマチックに描かれている。玄白などによる蘭学か
ら洋学への道は,やがて津山藩や大坂の洋学者に受け継がれていく。この本は
まさに日本の西洋医学夜明け物語である。
2017年 5月 1,500円